雑文−「政冷経熱」、されど民衆間交流は熱かった?(まこと)
「徒然掲示板」より。
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「政冷経熱」、されど民衆間交流は熱かった? 投稿者:まこと@帰宅前の一服
世間はメリー・クリスマスだったようですが、私はベリー苦しみますでした(笑)。
わが家では今日がクリスマス・パーティです。
>先の萬晩報については、現状はそうなのかな?「国益」擁護の立場からいうと。私は、「二者択一的」というところに引っかかっているのですが。ちょうど、EUに対して、反グローバリゼーション運動側が、「もう一つのヨーロッパ」といっているように。といって、中曽根のいる「東アジア共同体・・・」に合流するつもりはないです。しかしながら、ブロック化する意味で「東アジア・・・」を取り上げて考えようとは思っていないのです。昨日、「世界1月号」の河野洋平氏への編集部インタビュー記事を読んでおりました、「政冷経熱」を。
イレギュラーずさん、こんにちは。
殊更に「政冷経熱」という事が取り沙汰されますが、もともと東アジアは「政冷経熱」の時代が長く続いたのではないでしょうか?まあ、一時期日中「友好」ブームが加熱したので、当時と対比して論じられる側面もあるのかもしれませんが・・・。
明治〜昭和初期を持ち出すと「面倒」な話になりそうなので(汗)ここでは措いておくとしても、日本は894年に遣唐船派遣を中止して以降、正式な国交関係をもった時代が長く続いたことはありませんでしたね。しかし、日中間貿易は寧ろその後の方が活発化し、俗に「鎖国」と呼ばれる海禁政策が敷かれた江戸期も、民衆レベルの密貿易を通じて清の銭が国内で流通していたことも明らかになっていますね。また、対馬や九州の先人達は「むくりこくり(蒙古人・高麗人)」への恐怖心を抱きながらも、朝鮮の先人達と活発に貿易を行いました。従来は「海賊」として捉えられてきた倭寇も、この観点から東北アジアを跨る海上交流のネットワークという観点からの捉え直し(特に後期倭寇)が始まっているそうです。
私たちの先人は政治の位相に振り回わされながら、時として互いに傷つけ合いながらも、為政者たちの政治社会とはまた別に、民衆レベルである種の「東北アジア共同体」を創造しようとしていた―そんな気がします。東北アジアの政財界が推進する「経済グローバリズム」に、民衆が「ナショナリズム扇動」を対置する―こんな愚かしいことはないと私は考えています。
日本はもちろんのこと、中国も朝鮮半島も台湾は「遠い外国」では無く、私達の生活空間の一部であり、これら地域で起こることは私の日常にも直接波及します。私は自分の生活の問題の一部として、地に足付いた視点から環日本海地域(朝鮮側に言わせれば「東海」かな?まあ私は今後一生「日本海」という呼称を使い続けるでしょうけど)・東西シナ海などの地域の諸問題を考え、これら地域に住み民衆にとって少しでも良い社会を創造するために微力を尽くしたい―そんな気がします。
拉致問題をはじめとする北朝鮮問題、そして私がささやかながら関与しているチベットや中国の問題に関しても、かような観点から取り組んでいくたいという思う今日この頃です。
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