【拉致グループ】軍事作戦顔負けの計画… 脱北日本人女性も拉致 (朝鮮日報日本語版 05.01.19)

【拉致グループ】軍事作戦顔負けの計画… 脱北日本人女性も拉致 (朝鮮日報日本語版 05.01.19)

(略)

▲キム牧師の拉致

 リュ・ヤンファ(36)ら拉致工作グループ7人は、犯行3か月前の1999年8月から事前準備に取り掛かった。北朝鮮保衛部から指示を受けた後、計4回の事前会議を行った。

 キム牧師の延吉訪問日程を把握し、拉致後、キム牧師を北朝鮮に連れて行くため、中国辺方の守備大将まで買収したという。

 拉致予定日から半月前の1999年12月下旬。キム牧師が2000年1月中旬に延吉市の某教会で講演するという情報を手に入れた。延吉のアジトで役割を分担した。

 作戦費用を調逹し、拉致後の北朝鮮へのルートを確保するのはリュ・ヤンファシ、拉致に使う営業用のタクシー1台と保安のため韓国語の分からない漢族の女性運転手を確保するのは、共犯のナム某が担当した。

 拉致当日の2000年1月16日、拉致グループは教会の前と後ろに分かれ待機し、キム牧師が逃げられないように手を打った。しかし、講演が終わると、信者200人余が一斉に教会を出たため、慌てた拉致グループが計画を変更した。

 午後2時、飲食店で食事を終えて出てきたキム牧師が、拉致グループがあらかじめ待機しておいたタクシーに乗った。この時、拉致グループの犯人2人がタクシーの後ろのドアから一緒に乗った。拉致が成立したのだ。

 拉致グループは延吉〜龍井間の高速道路のガソリンスタンドで漢族のタクシー運転手を帰し、キム牧師を自分らの車に乗せた。事件後、後始末のため、拉致グループの3人は残り、リュなど4人はキム牧師を龍井に連れて行った。

 続いて、北朝鮮保衛部のチ某部長から「(北朝鮮に)渡ってくる前に、見栄えよく手錠をかけろ」と指示され、キム牧師に手錠をかけた。

 午後4時30分、拉致グループは豆満江沿いに到着し、キム牧師の所持品を検査した後、キム牧師を両側で挟んだ状態で凍りついた川を渡って咸境道・会寧に到着した。

 ここで、キム牧師はあらかじめ待機した保衛部要員らに引き渡された。

▲北朝鮮を脱出した日本人女性を拉致

 1999年2月下旬、中国龍井市で、拉致グループは北朝鮮工作員から北朝鮮を脱出した日本人女性リャン某(61)さん一家を北朝鮮に強制送還するよう指示を受けた。

 北朝鮮保衛部が「リャンさん一家が日本に行くことがあれば、国の恥になるため、何が何でも逮捕して送還せよ」と言ったというのだ。

 1960年代に北朝鮮人男性と結婚し北朝鮮に住んだこの女性は、1998年、夫が死ぬと、結婚した娘と孫娘、息子、嫁を連れて北朝鮮脱出し日本に帰ろうとしていたところだった。

 リュ一行は今回もキム牧師拉致当時と同じく、車を借り, 韓国語の分からない漢族運転手を雇った。

 この日本人女性一家は北朝鮮を脱出後、黒竜江省の海林市で身を隠していた。この隠れ家を急襲した当時、拉致グループは中国公安の服装で偽装した状態だった。

 これら一家を全員逮捕した後、手錠をかけ、北朝鮮入国地点である龍井市へと移動した。この過程で、中国公安に逮捕されたと誤解したこの日本人女性は 「私は日本人だ。どうか助けてくれ」と泣き叫びながら哀願した。

 一家は拉致グループが買収した中国辺方守備隊員が開けてくれたルートを通じて、会寧側で待機した保衛部バンタム(反革命分子及びスパイ索出)班長ユン某らに引き渡された。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/19/20050119000010.html

【拉致グループ】中国公安の服装で平然と捜索 (朝鮮日報日本語版 05.01.19)

 キム・ドンシク牧師を拉致した犯行グループの一員、リュ・ヨンファ(36)に対する国家情報院の調査記録を見れば、北朝鮮の国境である豆満江周辺は北朝鮮工作員らの「遊び場」だった

 工作員らは随時国境を越え、中国の延吉、竜井、海林にまで押し掛け、脱北者や中国国籍を持つ朝鮮族、日本人家族などを無差別に拉致した。

 他の国の工作員らがこのように自国のごとく横行している間、中国は何らの措置も取らなかったということだ。どうして、このようなことが可能だっただろうか。

 1999年2月初め。中国吉林省の竜井市で反北朝鮮活動を展開していたパク某(女)さんを逮捕し、豆満江沿いの三合へと向かう過程を見れば、事情を察することができる。

 拉致グループは犯行の途中、「辺境のルートが開かれなかった。待機せよ」という指示を受けた。辺境ルートで国境守備中の中国辺境守備隊武装警備要員らを「買受」できなかったのだ。

 これら拉致グループが中国〜北朝鮮間を自由に出入りできたのは、「金」の力が大きかったわけだ。

 1999年2月中旬、北朝鮮側の保衛部所属拉致グループのキム某、パク某らが急に中国に渡らなければならなくなり、「辺境を開けてくれ」と要請した時も、竜井市・三合の辺境守備隊長が関与した。

 国家情報院側は「当時、守備隊長と守備隊員の相当数が朝鮮族だったため、容易に買収されたようだ」と分析した。

 三合が北朝鮮工作員らの拠点となったのは、中国・竜井と北朝鮮・会寧(フェリョン)間の中間地点にある豆満江沿いであるためだ。地理的に水深が浅く、河幅が狭いため、密輸業者や脱北者が多く勝つようしたのである。

(以下略)

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/19/20050119000068.html

北工作員の不法は黙認 中国の二重性が論議に (朝鮮日報日本語版 05.01.19)

 北朝鮮保衛部の拉致工作グループが豆満江付近で工作活動を繰り広げながら、中国と北朝鮮の国境を自由に出入りしていることが分かった。

 一方、脱北者を手助けするため中国で活動していた韓国の人権活動家らは中国当局に逮捕され、刑務所に収監されている。

 キム・ドンシク牧師を拉致した北朝鮮工作員であるリュ・ヨンファ(36)に対する国家情報院の調査記録によれば、咸鏡(ハムギョン)北道・会寧(フェリョン)へと向かう関門である竜井市・三合地域が北朝鮮工作員の拠点であることが明らかになった。

 これら工作グループは豆満江沿いの通路を北送ルートとして活用しながら、中国の守備隊員らを買収して来たというのだ。

 これと関連、ソウル中央地検・公安1部は19日、「リュは北朝鮮保衛部のチ某上佐など9人からなる拉致専門工作グループに誘われ、1999〜2000年、中国吉林省や黒竜江省などで、計9回にわたりキム牧師を含め、脱北者16人を拉致、北朝鮮側に引き渡したと調査された」とした。

 また、北朝鮮保衛部が国家情報院職員と特定し、拉致を指示した韓国人1人と、北朝鮮を脱出した軍人 2人に対する拉致企図は失敗したと明らかにした。

(略)

 一方、日本のメディアは北朝鮮の拉致工作グループが40人余の脱北者を拉致、強制送還した中に日本人女性がいたという事実に注目している。

 朝日新聞は社会面で「脱北日本人送還」という見出しで、朝鮮日報の記事を引用、日本人脱北者の拉致事実を報じた。読売新聞も朝鮮日報を引用、送還事実を伝えた。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/19/20050119000053.html

[ ●北朝鮮の人権問題・脱北者 ] Posted by watch at 2005年01月21日 | コメント(0) | Trackback(0)



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