【中国・内モンゴル】「モンゴル人が中国にやって来る!ヘビメタを引っ提げて!」(ニューヨーク・タイムズ=南モンゴル人権情報センター 04.11.26)

【中国・内モンゴル】「モンゴル人が中国にやって来る!ヘビメタを引っ提げて!」(ニューヨーク・タイムズ=南モンゴル人権情報センター 04.11.26)

ジェームズ・ブルック(ニューヨーク・タイムズ 04.11.26)
<翻訳:まこと>



 ウランバートル(モンゴル)−中国は北方からの侵略者を阻止するため、2000年以上前に万里の長城を建設した。だが、中国人はとある厄介者たちを拒絶するために2000年以上前よりも困難な時を過ごしているのである。その厄介者たちとは、長い黒髪のモンゴル民族の男たちであり、彼らのスタジオには狼の毛皮やチンギス・ハンの肖像画やエミネムのポスターが飾られている。

 中国公安当局は「フルド」が北方600マイル先にあるモンゴルから南下し、ゴビ砂漠を横断しているとの報を耳にしたとき、神経質に反応した。モンゴル人たちが誇りにしているヘビー・メタル・グループ「フルド」は新作のヒット曲が収録されたCD「俺たちはモンゴルに生まれた(I Was Born in Mongolia)」を引っ提げて、3日間のツアーにやって来て、ツアーは11月1日の内モンゴル自治区の省都・フフホトでの演奏で最高潮に達するはずだった。

 「その朝、俺たちは列車に乗ろうとしたが、翻訳係の青年が俺たちを呼び、『あなたたちの演奏はキャンセルされました』と言ったんだ」フルドのキーボード担当とプロデューサーは、白いプラスチック製の椅子にもたれながら、むっつりした様子で話した。「彼は、『詳しいことを知っている者を呼びますから』と言ったが、俺は詳しい話を聞かされなかった。」

 フフホトからの報告によると、ことの子細は、機動隊の警官と車両が彼らが演奏するはずだった大学のキャンパスを取り囲んだというものだった。彼らはIDカードをチェックし、4人の人間を一晩中拘留し、この秋の夜におよそ2000人のフラストレーションを抱いたコンサート客を解散させたという。

 大モンゴルの南端と呼ぶ者もいるこの地域におおいての「中国の植民地主義」を追及している南モンゴル人権情報センター(本部:ニューヨーク)によると、この次の数日の間に、中国当局はインターネット上に開設されている3つのモンゴル語のチャット・フォーラムを閉鎖したという。

 「フフホトで禁じられたコンサート」は昨今の時勢を示すシグナルである。

 地方での抗議活動がほぼ毎日起きているという報告があるために、中国当局は少数民族の問題についてますます神経質になっている。10月末、数日にも渡った騒乱が湖南省中部での交通事故の後、イスラム教徒の回族と中国の主力民族である漢民族の間で突発した。

 1960年代、中国とソ連との決裂は、モンゴルを中国の内モンゴルとは別のソ連の衛星国の状態のままにした。今日、中国の領域(内モンゴル自治区)は400万のモンゴル民族の母国であり、その人口はモンゴル国の250万のおよそ2倍である。しかし、ここ数年の漢民族の内モンゴルへの移住によって、内モンゴルのモンゴル人は1800万人の漢民族によって数で圧倒される状況下に置かれている。

 近年、中国が北の隣国(モンゴル国)の最大の貿易相手国および投資国になり、モンゴルと内モンゴルの間の障壁は低くなっている。内モンゴルが今年初めから9ヶ月間で22パーセントの経済成長を遂げた中、モンゴル国と内モンゴル自治区の高官は10月、モンゴル鉄道が中国内に交差する地区に自由貿易圏を開くことで合意した。

 文化の最前線においては、ウランバートル出身の音楽グループがしばしば内モンゴルのモンゴル語テレビチャンネルに登場している。モンゴル語で「スピード」を意味するフルドは2000年から内モンゴルでコンサート・ツアーを3回行った。これはフルドが国境の両側のモンゴル人にとってもっとも人気のあるロックグループであることを示唆するものである。

 「2000年の時は、フラッシュライトの周りを警官が取り囲んでいるソ連式のコンサートで、とても良く事前に良く仕込まれたコンサートだった」Damba Ganbayarはこのようなことを回想した。「その後、ごく普通のロックコンサートのように、よりくだけた感じになった。」

 「それでもなお、彼らは『俺たちモンゴル人はみんな仲間だ!』とか『モンゴル人はみな立ち上がり、叫ぼう」などとは言わないように俺たちに忠告した」キーボードを担当する者は続けた。「人々は『チンギス!』と叫んだものだ。だけど、それは政治的なものでは無かった。」

 しかし、後に国境の南を訪問した際、彼はモンゴル人のプライドが高まりを見せていることに気付いたのだ。

 「非常に多くの若者たちが『僕たちはモンゴルの言語と伝統を守りたい』と語るんだ」彼はこう語った。「俺はモンゴル風の名前を持った青年に会ったが、彼は『僕はモンゴル人だ!』と叫ぶんだ、中国語でね。俺はそういう連中に沢山会ったよ。」

 モンゴル国の人々と内モンゴルの人々との遭遇は、メキシコの人々とアメリカのニュー・メキシコ州の人々の遭遇に少し似ている。この地(ウランバートル)の多くのモンゴル人は、内モンゴルの人々をモンゴル人というよりも中国人であると認識していると話す。モンゴル国の人々が南モンゴル(内モンゴル自治区)に旅行する際には、彼らは内モンゴルに旅行するとは言わず、中国に旅行すると語るであろう。

 「私達には内モンゴル問題などというものは無い」当地の中国人外交官はインタビューの中でこのように語った。「内モンゴルの住民の大半は『漢民族化』している。彼らは中国語を話し、中国人のように考える。フフホトは他の中国の都市と似ている。」

 モンゴルの外務大臣であるMunhOrgil Tsendはインタビューの中でこのように言った。「私たちにとって内モンゴルは国境の向こう側にたまたま民族上の兄弟が暮らしている地域であり、中国の一部である。」 

 フルドのナショナリズム意識は国境の北側で、彼らが新曲を発表しなかったこの2年の間に増幅していった。

 「フルドの自国への誇りと母国愛はブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』のエトスを新しいレーベルの中に齎している。」アメリカの財団の代表でありミュージシャンであるレイトン・クロフトはこの地でこのように語った。彼は10月に彼らのコンサートの一つに出席した。「このような音楽は誠実で、かつ多くが素朴なモンゴル人の支持がある。」

 フルドのモンゴル・ナショナリズムは聴衆に向けられる。聴衆は仕事のために国を去る若いモンゴル人であり、韓国で建設業に就く男性であり、メキシコで「ホステス」をする女性などである。

 だが、中国のモンゴル民族が同地でもっとも多くの観光収入を齎すチンギス廟の経営を漢民族が経営する会社が引き継いだことを知った頃に、この「偉大な伝説のヒーローの地」への賛歌である「俺たちはモンゴルで生まれた」のCDは世に出た。この聖地は1696年よりダルハドのモンゴル部族の管理に任されており、偉大な征服者の鞍や黒い弓を含む遺品を納めている。

 1227年に死亡したチンギス・ハンが実際に埋葬された場所は知られておらず、複数の考古学的探検の対象とされていた。だが、中国企業であるDong Lianによる新たな「廟」の建設は中国人移民によって握られている別の力による動きを知っているモンゴル人による抗議活動を鼓舞した。

 名を明かさないように求めた内モンゴルの貿易商は、「中国の役人たちは、中国の内モンゴルでナショナリズム、分離主義、政治的権利を求める動きに関連するあらゆる動きを抑圧したいと考えている。」と語った。

 よく知られた事例としては、ハダという名前で有名な書店の経営者が1996年に「分離主義」であるとの理由で有罪判決を受けた後、15年の刑に服している。

 しかし、フルドや内モンゴルのバンドであるホルダのコンサートが中止されていることに、モンゴル人への新たな束縛を恐れる者もいる。

 「中国政府は数多くのレコード店を閉鎖し、数多くの音楽テープを没収している」ニューヨークの南モンゴル人権情報センターで活動しているEnhebatu Togochogはこのように言った。「彼らはわれわれは文化市場を浄化しているのだと言っている。」

・The Mongolians Are Coming to China! With Heavy Metal!(原文)
http://www.smhric.org/Latest_A.htm


・(関連情報)「チンギス・ハーン廟売却に対してモンゴル人が抗議運動」(南モンゴル人権情報センター 04.11.07)

 目撃者の証言によると、10月29日午前8時から深夜0時まで、内モンゴル自治区フフホト市の内モンゴル師範大学、内モンゴル大学、モンゴル民族専科大学(「蒙専」)など主な大学に何百人もの武装警官および安全(公安)局員が配置され、夜間外出禁令が出された。師範大学の多目的ホールで予定されていたモンゴル国の人気バンド「ホルド」のコンサートは、約2000人が集まっていたにもかかわらず突然中止となった。「大学構内への立入、外出は一切許可されない」と、師範大学の学生が語った。「私服の安全局員が、大学当局の協力をえて、学生らが何らかのトラブルを起こさないかどうか調べ回っていました。コンサートを強制的に中止させ、未販売のチケットを全て没収、すでにチケットを買った学生たちは全員払い戻しさせられました」と、このイベントを企画した学生のひとりが語った。10月22日には、モンゴル民族専科大学で同様の事件が起こった。モンゴル人学生数名が逮捕、勾留され、内モンゴルのモンゴル人が結成した人気グループ「フルド」のコンサートの企画に関わりがあったかどうか取り調べを受けた。報告によると、同イベントも「バンドのメンバーが、地元政府によるチンギス・ハーン廟売却計画に強く抗議しているダルハド・モンゴル人たちと密接な関係がある」と当局によって強制的に中止された。複数のインターネット掲示板によると、2週間前から内モンゴル大学、内モンゴル師範大学、モンゴル民族専科大学のモンゴル人学生の多数が逮捕され、そのうち数名は「リーフレットを配布し、デモを計画した」かどで、いまも当局に拘束されている。

 内モンゴル西部・オルドス地方にあるチンギス・ハーン廟は、モンゴル人の民族アイデンティティの象徴として、ダルハドによって何百年もの間管理されてきた。モンゴル人にとって神聖な場所である。1947年、中国共産党が「内モンゴル自治区」を設立した後でさえも、名ばかりとはいいながらモンゴル人の自治権の重要な象徴であると見なされてきた。廟における儀式、公式行事の全てを今日までダルハド族がおこなってきた。たとえ、それが当局の綿密な計画と監視の下にあったとしてもである。ところが、フフホトのモンゴル人に対して配布されたリーフレットによれば、地元政府が莫大な借金の返済のために同廟を漢人系の東聯社Dong Lian Companyに売却する決定を下したという。同社の社長で漢人ビジネスマン侯Hou氏は、より多くの観光客を呼び込み、大きな利益を上げるため「第二チンギス・ハーン廟」と呼ばれる大廟を建設するため、現存の廟を取り壊す計画を立てているという。廟に対する侮蔑は、ダルハドのみならず、オルドス・モンゴル人、さらに世界中のモンゴル人に対する侮蔑であると、リーフレットは東聯社の蛮行を非難している。政府とモンゴル人、とくにモンゴル人学生との緊張状態が次第に増大しており、モンゴル人の怒りは簡単にはおさまらなくなっている。

 平和団体を組織したにもかかわらず逮捕され、現在も内モンゴル第四刑務所で服役中のモンゴル人「反体制」活動家ハダ氏の夫人シンナは、南モンゴル人権情報センターの電話インタビューに答えた。シンナの家族と親類は、内モンゴル当局による厳しい警備の最大の標的として、警官と安全局員の嫌がらせと脅迫から今でも逃れることができない。「10月27日以来、少なくとも10人以上の警官が私のところに来ました。私だけでなく、息子、妹、さらに80歳になる老母まで、昨夜遅くまで外部と連絡がとれませんでした」とシンナは語った。「食料品が底をついているにもかかわらず、買い物が許されません。私たちはこの4日間、食堂に出前を頼まなければなりませんでした」シンナによれば「コンサート・チケットは1枚40〜90元で、少なくとも2000枚のチケットが払い戻されました」当局がコンサートを中止し、大学に対して夜間外出を禁止した理由について、シンナは「当局は、関係機関の許可を得ていない非合法集会であるためと説明していますが、本当の理由は、チンギス・ハーン廟を漢人ビジネスマンに売却しようとする当局の計画に対して、モンゴル人が怒りを爆発させ、集会でトラブルになりかねないと、当局が恐れたためなのです」

 “mini mongol”(www.minimongol.com/asp)という非常に人気の高いモンゴル人学生の掲示板の主催者によると、モンゴル人学生と内モンゴル当局の間で衝突が起きて以来、ネット警察による厳しい監視と執拗な嫌がらせを受けるようになった。10月29日、内モンゴル安全庁の職員が掲示板主催者と電話連絡をとり、掲示板を閉鎖するよう命じたという。理由は、ネット警察が掲示板で「国家分離主義的な記事がいくつか掲載された」ためであるという。(南モンゴル人権情報センター Info 2004.10.31付前半部を翻訳)

http://www.smhric.org/jap_47.htm


 *南モンゴル人権情報センターは中国・内モンゴル地方の人権状況に関する情報の収集、および内モンゴルに在住するモンゴル民族の権利擁護や民主主義運動の促進を目的に活動している団体。本部はニューヨーク。同団体についての詳細は以下のウェブサイトをご覧ください。

http://www.smhric.org/aboutus.htm


・(関連情報)モンゴル、中蒙国境に経済開発特区創設 優遇措置で中国企業誘致へ(フジサンケイビジネスアイ 04.11.25)

 モンゴル政府は、中国内モンゴル自治区と協力して、中国との国境地帯に経済開発区を創設し、対中経済貿易関係を発展させたい考えだ。中蒙両国が協力して経済開発区を創設するのは初めて。駐北京のアマルサナー・モンゴル大使が北京で開催された中蒙経済貿易商談会で明らかにし、新華社電が報じた。

 会議に参加したモンゴル政府の貿易政策担当責任者によると、経済開発区は内モンゴル自治区東北部に位置する烏蘭浩特(ウランホト)市のモンゴル国境地帯に設立。敷地面積は900ヘクタールで、進出企業には所得税免除などの優遇措置が講じられる。

 経済開発区は貿易、製造・加工、観光の3ゾーンに分けられるが、現段階では開発区内の電気や水道、道路の建設などインフラ整備を進めている状態という。

 また、モンゴル政府は中国などの外資系企業の投資を歓迎しており、モンゴル国内で発電、道路、採鉱、石油精製・加工、化学工業などの産業に投資する外資系企業は経営開始から5−10年以内は所得税免除などで優遇する方針だ。

(以下略)

http://www.businessi.jp/news/worldpage/news/art20041124201250PBHXOSCPOX.nwc
 

・(関連記事)「【中国・内モンゴル】チンギス・ハンのための観光地はモンゴル人によって強く非難される(英「テレグラフ」 04.11.12) 」
http://humanrights.blogtribe.org/entryb2a526dcab279808a82bf1415a9f2771.html

[ ●ウイグル・内モンゴルなど ] Posted by watch at 2004年11月28日 | コメント(0) | Trackback(0)



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